このサイトは主に長山一夫の著書、仕入覚書を掲載するものです。
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瞬間即殺“〆”と旨さの捉え方

魚の旨みの発生と、
肉の旨みの発生との違い


肉の熟成による旨み

「動物体の蛋白質(アミノ酸)、脂肪、グリコウゲンなどが、酵素や微生物の作用により、腐敗することなく適度に分解され特殊な香味を発すること」(広辞苑第4版)。
 肉の熟成には、2週間から最大3ヶ月もの時間を要することもある。

魚の旨みの生成
 生体のエネルギー源であるATP=アデノシン三リン酸(核酸)(注1)が時間の経過と共に分解してゆき、旨み成分であるIMP=イノシン酸(核酸)(注2)を生成してゆく。さらなる時間の経過の中で、ATPが完全に分解消滅した時に、イノシン酸は最大値となり、旨みも最大値となる。その経過時間は1日から最大3日程度となり、その後減少してゆく。しかし100㎏を超える大マグロの場合は例外で、最大20日間程の間旨みを持続させてゆくこともあるが、魚の旨みの生成過程は肉の熟成による旨みの発生過程とは異なることになる。

(注1)ATP(アデノシン三リン酸) … 生体のエネルギー源で、筋肉の死後硬直(注3)はこの分解に伴なって起きてくる現象である。死後しばらくすると酸素の補給がなくなり,筋肉の運動に必要なエネルギーも補給されなくなるために、生体時にはあった活発な筋肉の伸張・収縮性の中から、伸張性が失われてゆき、魚体は硬直収縮を始めてゆく。ATPが完全に分解消失した時点で、筋肉は完全な硬直状態となる。
硬直が始まるまではATPが残存している事から、筋肉はまだ活きているといえる。したがって硬直前の、まだ筋肉に伸張収縮性があり、シナシナとした状態の活け締め魚は、活け魚と同等に評価されることになる。

(注2)IMP(イノシン酸)…ATPが分解して生成される鰹節に似た旨みで、ATPが消失し、魚体の筋肉が完全硬直(身肉は柔らかい)した時に最高値となる。

(注3)死後硬直… 魚体について言われる死後硬直とは、筋肉の硬直のことで、肉質は硬直せず柔らかい状態であることが多い。総じて締めてから数時間のプリプリ状態の肉質は、最も硬い状態にあり、その後の時間経過の中で硬直指数が高まるにしたがい柔らかくなってくる。温度その他の要因によっても硬直過程の時間帯に差が出るが、完全硬直時(注4)にIMP(イノシン酸)は最高値となり、最も旨みの強い肉質の状態となっている。

(注4)完全硬直時…水平の板の上に魚の上半身を乗せると、生体時にはダラリと垂れ下がっている下半身が、死後の時間の経過と共に、筋肉の収縮によって水平に持ち上がり、完全な水平の状態になった時。
※ 一般的に言われる死後硬直とは…冷却収縮(注5)の状態を言う。

(注5)冷却収縮…15℃から氷などによって0℃に降下させるなど、急激な温度の降下を起こすと身肉にカルシュウムが発生して収縮を起こす現象を言う。

“冷却収縮と死後硬直の違い”と旨さの発生の有無
 料理の世界で一般的に言われる死後硬直とは、即殺から二時間位経った低温冷蔵の中で、身肉が固まり旨みもほとんど感じられない状態を言うのだが、研究者の世界ではこの状態は「冷却収縮の状態」であるとし、死後硬直とは言わない。
 研究者の言う死後硬直とは、筋肉の収縮により体全体が突っ張ってしまっている状態だが、身肉は柔らかく旨みが発生してきている状態を言う。

魚の旨さとは、どの状態を最高の旨さとするのか?
(1)透明感のある見た目の美しさと、プリプリとした強い食感(ATPの数値の高い時期で、身質が最も硬い時期。死後2時間前後まで)の旨さを最高の旨さとする。

(2)プリプリの食感と旨味を兼ね備えた状態を最高の旨さとする。
 時間の経過と共に減少しながらも、まだ残存するATPによるプリプリの食感の旨みと、ATPの 分解によって発生してくるIMP(イノシン酸)の旨みとの両方を含めての旨さとする(死後5時間から24時間前後)。

(3)プリプリの食感よりも、増大した旨味そのものに比重を置いた状態を最高の旨さとする。
 ATPの消失により、 食感の旨さがほとんどなくなりながらも、身質はきちんと締まり、 イノシン酸がしっかりと増大し、“旨み”が最も強くなった時期を最高の旨さとする(死後24時間から42時間)。

(1)(2)(3)の旨さの取りようは、料理人と食べ手の嗜好により選択されることになるが、当店での旨さの捉え方は(2)から(3)の状態を旨さとし(3)の状態を最高の旨さとしている。
※魚の旨さとは、(1)イノシン酸の旨みの他に(2)透明感を伴なう見てくれの美しさ、(3)食感、(4)香り、(5)脂の甘み等の様々な要素が組み重なったものであり、各人の嗜好の世界でもあり、旨さの決め手を一概に統一することは出来ない。


料理人の経験値と化学的分析値による旨さの比較

 昔から料理人達は朝一番に市場で締められた魚を店の調理場で3枚又は5枚に下ろし、適度に温度管理された冷蔵庫の中で半日から2日の時間を掛けて旨さをより増幅させ、最高の旨さにしてゆくことを仕事としてきた。イカ、シマアジ、カンパチ、ヒラマサ、ワラサ等は、冷却収縮の起こしやすい魚らしい。〆の数時間後、冷蔵庫の中で身肉が硬く締まってしまう「硬直」の状態(冷却収縮)を発生させてしまうと、その間には、旨さを全く感じさせない状態となり、さらにはプリプリの食感の旨さすらもなくなってしまうことも経験値としてきた。これらの活け〆後の魚は保存温度を敢えて高くすることによって冷却収縮による肉質の硬化をさせない工夫が必要となる。
 高級フグ料理屋は、活け〆後の丸1日から2日の間寝かせたものを最高の旨さとし、活け〆の魚は決してその日の内には使わない。これは結果的には産地で生産者が行なう浜〆と同等の時間経過の状態となるが、料理人たちによる寝かせと手当ての仕方の工夫によって、より良い浜〆の状態となっている。かくして〆の後のATPとIMPの数値変動の解明は、料理人たちの経験値をも遥かにこえる旨さの時間帯の存在を、具体的に証明するものとなった。
 しかし、現今の料理の世界での旨さの取りようは、(1)の状態か、せいぜい(2)の状態をベストとすることが多い。

◎養殖魚と活け造り
 戦後に大流行となった活きている魚を直ぐに料理して食べさせる“活け造り”は、冷凍・輸入・養殖等による魚の鮮度と旨さの著しい劣化の中で、見た目のパフオーマンスの華々しさと共に、反動的な鮮度至上主義が生み出した料理で、かってない贅沢な料理として一世を風靡することになった。しかし、最近の旨さを主張する料理店では、この活け造りを看板にすることは少なくなってきている。養殖の魚のハマチなどは、人工餌による臭みが身肉に残留しているために、時間の経過によって旨さのを生成させてゆくと、旨さの発生と共にこの臭みも強く立ち上がってきてしまう。養殖魚の最大の欠点である臭みが立ち上がる前の、活け造り又は活け〆の状態で料理することが、養殖魚を旨く食するための最も適切な料理法となるだろう。

では、なぜ、瞬間即殺の〆がなされるのだろうか?


瞬間即殺の〆と旨さの関係


脊髄切断と延髄掻きだしによる完璧な瞬間即殺〆の開発と展開

 昭和の終わり頃に始まった針金を用いての延髄破壊による完璧な〆の技術は、和歌山県白浜のマダイに対して開発されたものであった。やがて明石のマダイに決定的な付加価値を与え、その技術は瞬く間に全国に広まっていった。遠隔地からの鮮魚の流通にも画期的な影響を与え、最近では全ての活け魚の〆に用いられるようになっている。

瞬間即殺〆の効用
(1)鮮度の長時間維持…活け魚と鮮度が同一視されるシナシナとした伸張収縮可能な魚体の状態を、長時間にわたって継続させ、流通段階での商品価値を高くすることが出来る。
 ※佐賀関漁協の関サバ・関アジの成功
生簀の中で安静状態にさせた魚に完璧な瞬間即殺を施し、絶妙な温度管理と輸送の距離・時間等の条件を徹底的に研究し、身体全体がまだシナシナと柔らかい硬直前の状態で消費地の市場に搬送することに成功した。この状態での市場流通は今までになかった画期的なことで、それが市場での商品価値をさらに高くさせることになった。

(2)旨さの発生の遅延…旨さの発生を遅延させ、発生した旨さの最高値の持続時間もさらに延長させることが出来るようになった。
 空気中に放置することによる苦悶死は、急激なATP(ァデノシン三リン酸)の分解とIMP (イノシン酸)の旨さの生成を見ることになるが、急速な鮮度の劣化とIMP(イノシン酸)の減少ももたらせることになる。生きている魚を瞬時に〆る即殺によって、イノシン酸の旨さの生成を増大させてゆく“筋肉の硬直”である死後硬直の発生と、完全死後硬直までの時間を、平均約24時間にもわたってゆっくりと遅延させ、旨さの生成もゆっくと増大させるということが出来るようになった。旨さの絶頂期であり、イノシン酸の発生が最大値となる筋肉の「完全硬直期」もさらに約18時間にもわたって継続延長させることも可能となった。

(3)有効な調理時間の設定…〆による合理的な調理時間の逆算が出来るようになった。

※(1)は、流通業者に大きな恩恵をもたすものであったが、(2)(3)の効用は、料理の現場に画期的な恩恵をもたらすものとなっている。

では、イノシン酸が生成され、旨みが強くなってゆく死後硬直の発生を遅延させ、鮮度の持続を延長させる“〆”の技術にはいかなる方法があるのだろうか?

〆の技術的方法
(1)大量氷による締め。
(2)撲殺。首を折り曲げて即殺。
(3)手かぎ等による刺殺。
(4)エラから庖丁を刺し込み、脊髄を切断し血抜きする。
(5)脊髄の切断の後、針金を延髄に指し込み、延髄を掻きだす。
 ※(4)と(5)の方法により、瞬間即殺の〆は完璧なものとなった。

〆の種類
〆の現場と調理目的のために経過させる時間による区分
(1)野〆… 大量に漁獲される大衆魚等は、漁の現場または産地市場で大量の氷使用による急激な温度の低下によって〆られる。翌日から翌々日目位を旨さのターゲットとすることになるのだが、〆の不徹底と手当ての不備のために、少し鮮度落ちしてしまうことが多い。

(2)浜〆… 産地での氷詰め、脊髄切断による血抜き、延髄掻き出し等によって、翌日の昼以降から翌々日位の時間帯を旨さのターゲットとするもので、追っかけ出荷(注6)されることになる。この時間の経過は、イノシン酸の生成による旨さを味わうには理想的なことが多い。
(注6)追っかけ出荷…その日に漁獲した魚介類を、翌日の消費地市場でのセリに間に合うように出荷すること。
  ※追っかけ出荷は、空輸・トラック便を使うことにより、九州から北海道の魚にまでも及んでゆくようになった。旨さの基礎的条件の1つであった鮮度の問題は、贅沢をしさえすれば、全ての魚が同一のスタートラインに並ぶことになり、各地の魚は鮮度とともに実質的な旨さの比較競争の世界で選別されることになった。

(3)活け〆…消費地で、その日の昼から夜の時間帯を旨さのターゲットとして、早朝の市場で魚の脊髄切断、延髄刺殺、延髄掻き出しによって締めること。プリプリの食感と、時間の経過と共に発生してくるイノシン酸の旨さを愉しむためことを目的とする。しかし、まだプリプリとした食感の強さの旨みが、イノシン酸の生成による旨みの増大という、実質的な身肉の旨みよりも主役となっている傾向が強く、この活け〆こそが最高の旨さを満喫するための〆方であるとされることが多い。

(4)活け作り…締めた後、まだ身肉がピチピチした状態のものを、直ぐに刺身にすること。まだイノシン酸の旨みの発生が全くない状態だが、派手な演出とプリプリの鮮度の食感こそが最高の旨さとして愉しむ料理法。

※産地での浜〆と当店での浜〆の違い。
“活け〆“の魚でも、旨さの生成を最高値にするために、一日から2日の間冷蔵保存してから使用した場合、活け〆魚でも時間の経過としては浜〆と同等のものとなる。この状態の魚は、当店でのメニュー表示としては“浜〆”と書かれることになるのだが、この浜〆は、産地での浜〆とは異なり、旨さを志向する料理人の丁寧な手当てと様々な工夫が施されていることになる


瞬間即殺から完全硬直期までの身質と旨さの変化

(1)硬直前期…〆の後、2~3時間程の身肉がまだプリプリとしていて最も硬い食感の時期で、イノシン酸の旨みはまだほとんど発生していない。
(2) 硬直開始から完了期…5時間ほどから24時間位の間で、ATPの分解と筋肉の硬直が始まり、平均約24時間で硬直が完了するまでの時間帯で、イノシン酸の旨みが徐々に最高値に達してゆく時期。
(3)完全硬直期…筋肉は収縮して硬直しているが、身肉は柔らかく、旨みが最高値の時で、平均18時間くらい持続する。
※ (1)(2)(3)は、魚種と以下の条件の下で、旨みの発生と終了の時間帯が前後する。

瞬間即殺後の旨み発生の遅延と、発生した旨み延長のための諸要因
(1)保存温度(温度差による遅延と延長の格差)
 (A)5℃~10度…硬直前期・硬直開始から完了期
 魚種にもよるが0℃に近い低温よりも5℃から10℃の高めの温度で保存した場合に、最もATPの分解が遅れ、筋肉の硬直の進行も遅れるために、プリプリの食感の持続は長くなる。
 (B)0度…完全硬直期
 魚種にもよるが、完全硬直期に入り、IMPが最高値となった時期からは、低めの温度の方が旨さを長く持続することが出来る(平均18時間)。
 ※ 〆の後、早く旨みを出させるためには、0℃に近いほうが良いのだが、冷却収縮の危険性が生じる。最高の旨みが発生してからは10℃などの高温よりも0℃に近い低めの温度の方が長く持続させることが出来る。

(2)活け〆方法による
 (イ)手がきによる延髄刺殺 (ロ)脊髄切断 (ハ)、脊髄切断後、さらに延髄に針金を刺し込み延髄掻きだしの方法があるが、(イ)よりも(ロ)、(ロ)よりも(ハ)、の方がATPの消失過程の時間が長くなる。(例外)ヒラメは(ハ)より(ロ)の方が効果的である。

(3)天然と養殖魚
“活け締め後10℃貯蔵の場合“
 ATPが保持されプリプリの食感が持続するのは、魚種にもよるが一般的には天然魚の方が長い。(例外)ヒラメは両者ともほとんど変わらない。

(4)漁獲された魚の疲労度による
 漁獲されたばかりの魚よりも、数時間から1日ほど出荷前に海中で蓄養し、疲労回複させてから〆た方が、死後硬直までの時間がゆるやかで長くなる。海水温は季節にもよるが、生育環境海水温度よりも低めの方が効果は良い。

         当店の毎朝の〆時間は朝7:30分

ヒラメ…0℃と10℃とによる完全硬直期の発生(旨みの最大値)データーを、新たに中間の5℃(通常の冷蔵庫の保存温度)での状態を設定し、その状態を両者の単純中間点と仮定すると、朝7:30に〆ると、39時間後の翌日の夜10:30が旨みの最大値に達し、18時間後、翌々日の午後4:30まで最大値が継続することになる。もっと合理的に、翌日の午後12時から夜10時頃までを含む時間帯を旨さの最高値にするには、前々日の昼の1:00から夜9:00に〆る必要が出てくる。しかし、各種魚の段階的温度差による数値の変動の研究がまだ少ないようで、厳密な時間の逆算はまだ難しい。

ヒラメ(5℃での保存設定での実験数値を仮定する)
旨さの最高値の持続時間帯(8時間継続すると仮定して)から、瞬間即殺〆の許容時間帯を逆算する
翌日の午後12時~夜10時を最高の旨さのターゲットとする。→前々日の昼1:00~夜9:00までに〆る。

10℃保存でのIMP(イノシン酸)は、硬直期の始まりより、42時間から57時間の経過と共に40%に減少し、硬直度も60時間の経過と共に40%に減少し、旨みも低下してゆく。その減少の速さは魚種ごとに異なっている。
(1)1日程で非常に速く減少してゆく魚種…タラ・カツオ。
(2)3、4日で減少する中間魚種…イシダイ・ハマチ。
(3)1週間程かけ、ゆっくりと減少してゆく遅い魚種…マダイ・ヒラメ。

◎ 同じ魚種でも大きさによって異なる。…マグロ・ヒラメ。魚の旨みであるイノシン酸は、濃度を高めても単独では単純な旨みの増大にはならない。醤油に付けると飛躍的に旨さが増大するのは、グルタミン酸を加味させることによって旨さと香りまでが著しく増大するからである。
◎ ホンマグロは殊更に醤油と相性が良く、タップリと付けることによって始めて、感動的な旨さと香りを十分に堪能することが出来る。ヒラメのような淡白な白身の魚は、醤油を少なめにした方が塩分を抑えられ、旨さを率直に発揮できるようになる。フグ・ヒラメ・星カレイ等にポン酢を使用するのは、醤油に内在する塩分の減少と柑橘類の旨みを加味することにより、さらなる旨みの増大を図ろうとすることであり、理にかなっているようだ。
◎ 塩分は、少量ならば旨みを増やすが、少しでも多いと、イノシン酸の旨みの数値を急激に落としてしまうことになる。

資料提供
マルハ中央研究所 松川雅仁  029 864 6707  筑波

参考文献一覧
岩本宗昭;冷凍、Vo.64No.744,31-35(1989)
岩本宗昭、井岡久;日本水産学会誌、51(3)、443-446(1985)
MUNEAKI IWAMOTO,HIDEAKI YAMANAKA;J.FOOD SCI.
52(6),1514-1517(1987)
岩本宗昭、山中英明;日本水産学会誌、56(1)、93-99(1990)
岩本宗昭、井岡久;日本水産学会誌、52(2)、275―279(1986)
岩本宗昭、山中英明;日本水産学会誌、56(1)、101-104(1990)
安藤正史;養殖、8月号 57―59(2000)
安崎友季子、滝口明秀、水産物の品質・鮮度とその高度保持技術133―139(2004) 恒星社厚生閣
保 聖子、上村 健;水産物の品質とその高度保持技術140-147(2004)恒星社厚生閣

課題
産地生産者・流通業者による「浜〆」での出荷と「活け魚」での出荷の是非
 近年では、付加価値を大きくして高値で売れるように、希少価値の高い高級魚のほとんどが、「活け魚」として活きたまま輸送されて来ることが多い。
 料理人・一般消費者の間には、プリプリで、身質がまだ生きている状態の刺身が最高の旨さとする「最高の鮮度=最高の旨さ」という、信仰にも近い嗜好傾向がまだまだ根強く残っている。だから活け魚出荷は、その嗜好に対応する産地生産者・流通業者の最大の販売戦略となっている。業者としては高値で売れることになり、利益が大きくなるからだ。
 しかし、シマアジ・カンパチ・ヒラマサ・ワラサのように、魚種、量目によっては“浜締め”の方がはるかに合理的で、安価で、しかも早い時間帯に、より旨く食することの出来る魚も多々あるのだが、近年では「活け魚」出荷全盛となり、あたら高値の魚を買わされることが多くなってきている。


第三春美鮨の旨さの捉え方と実験数値との比較



ヒラメの食感と旨みの発生の変化


ブリ(実験数値なし)

食感と旨み
…漁獲の翌日入荷、使用開始
翌日(2日目)夜7:00…野締めによって冷却収縮も無く、すでに身質のプリプリ感は消失し、鉄分を含んでいるような鮮烈で濃い血の香りが素晴らしい。しっかりとした身質の中に、イノシン酸の旨みが充満している。
翌々日(3日目)夜7:00…まだしっかりとした身質だが、前日よりは少し軟化し、旨味・甘みがさらに強くなっているが、香りの強さが少し減少してきているようだ。香りと旨味・甘みの全てを含めての旨さは、2日目から3日目が最高時となる。
4日目~6日目…血合いと身肉の褪色が早くなり、日数の経過と共にさらに著しくなる。身質の締まりは徐々になくなり、柔らかくなってくる。鮮烈な鮮度としての血と鉄分っぽい香りが薄くなってきているが、この両産地特有の香りはまだまだしっかりと残存し、表面の色変わりが激しくなるが、変色している表面の身肉を薄く切り取れば、濃厚さを増してきている旨味と甘みを充分に楽しめる。

活け〆ブリの課題
〆の時間
 産地での脊髄切断、延髄掻き出しによる浜〆…富山では、キトキトのブリという言い方がある。これはブリを産地で活け〆にし、産地で当日から2日目位の時間帯で食し、その鮮度とプリプリの食感を旨さとして賞味することを言う。しかし、この状態のブリには、この産地特有の素晴らしさである寒ブリ本来の香りと旨さがまだ発生していない状態となっている。脊髄切断による活け〆が、ATPの分解を遅らせ、IMPの旨さの発生も遅らせることによって、ただプリプリの強い歯ごたえの食感が強調され、鮮烈な血の香りさえもまだ充分には立ち上がってきていない。3日ほどの時間の経過を待たないとATPの分解によるIMPの旨さの充分な発生を見ることができない。完全な瞬間即殺のために、さらに余計な時間の経過を持たなければならなくなる。ブリにおいては、脊髄切断、延髄破断は不必要な仕事となる。
 また大謀網(定置網)漁のブリが大漁の時、出荷調整もかねて、落とし網と呼ばれる別の網に残して陸揚げしないことがある。このブリの蓄養は、網の中での遊泳日数の経過と共に、ブリ特有の鮮烈な血の香りと旨味を消失させてゆくことになる。

ホンマグロ(実験数値なし)

 秋刀魚を追って津軽海峡に入ってきたマグロは、10月の中旬頃からスルメイカの群れも餌として追いかけてゆく。このスルメイカを食べ始めると、俄然、脂の乗りも深くたっぷりとしたものとなり、鉄分と酸味を帯びた血の香りもさらに高く芳醇なものとなってくる。津軽海峡のホンマグロの最高の旬に入ってゆく。今期はスルメイカの海峡への回遊が少し遅れている。

食感と旨味の発生…2~3日目に築地でセリ。2~3日間築地マグロ仲卸しの氷冷蔵庫の中で埋没貯蔵。
4日目…当店仕入れ、使用開始。粉砕氷中にて保存。鮮烈な香りあり。身肉の色は見事な鮮紅色を発している。旨味あるも、まだ少し身質に硬さが残り、ホンマグロ特有の旨味は未だ充分に出ていない。
6日目~8日目…見事な鮮紅色。高い香りと共に身質の硬さが無くなり、豊潤な旨味が醸し出され、維持されてゆく。粉砕氷中にて保存。ショッカーでの瞬間即殺による旨さの発生遅延作用のために旨さの発生が遅れている。
10日目…鮮紅色深く、沈んだ色に変化してくる。身質はさらに柔らかく変化し、香りの減少と共に旨味が濃くなってきている。粉砕氷中にて保存。
12日目…色素さらに沈下、周囲に少し青が入り始める(変色)。身質は柔らかく、香りは減少しているものの、熟成の旨味が増してきている。(粉砕氷中にて保存)

◎ ホンマグロは型の大きさもあるが、瞬間即殺の〆の処理を行なうと、血の香りを除いた旨さの総合的な発生は6日目位からとなる。粉砕氷の中に埋めての保存では、その後の旨さの継続は20日目位まで長く続くが、褪色と悪い香りの発生との勝負となる。保存が最良であれば、最大25日位まで行くのかもしれない。血の香りは、時間の経過と共に薄れてゆく。
◎ 巻き網漁、定置網漁
大量に獲られた時には脊髄切断と血抜きの〆処理も行われないことが多く、氷での急激な体温低下の処理も甘くなることが多くなるために、船上での完全即殺の時よりも血の香りの発生が強く感じられるのだが、急激な褪色と身質の旨さの早い劣化をもたらすことが多い。
◎はえ縄漁
ショッカーの高圧電流による瞬間即殺と脊髄切断、延髄掻き出しによる完全な〆と粉砕氷水による低温維持は、旨さの発生を遅らせるが、見事な発色と鮮度と旨さの持続時間を長く維持させることが出来る。時間の経過の中で、イノシン酸の生成によるマグロ本来の旨さを全て出し切ってゆく必要があるが、鮮烈な血の香りは徐々に減殺されてゆくことになる。

平成20年2月29日       
第三春美鮨  長山 一夫

 

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