このサイトは主に長山一夫の著書、仕入覚書を掲載するものです。
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醤油(その2)
ヤマキ醸造(株)行

埼玉県児玉郡神川町大字阿久原955
平成21年1月10日(土)
*参照 「増補 江戸前鮨 仕入覚え書き」、第十章 その他 ・・・「塩」「醤油」


異常の発生と見学行
 昨年の11月上旬、当店使用の“海の精 生しぼり醤油”の塩分濃度が少し濃く感じられ、煮きり醤油の割りを少し変化させたのだった。
 醤油の塩分濃度、或いは旨さの基準は、時によって多少動いてしまうものなのだろうか?
 今回の塩分濃度変化の原因は何だったのだろうか?
 海の精(株)からヤマキ醸造(株)経由の返事では、昨夏は異常に暑く、醤油の醗酵が早まったせいではないだろうかとのことであった。そして昨夏は、ビン詰めされた醤油ビンの栓が飛んでしまう事故が例年より多く発生したと言う。しかし、異常高温の夏の暑さは何年も前からのものであり、今期に限ったことではなかったはずだ。
今回の異常発酵と塩分濃度の変化についての原因をもう少し掘り下げると同時に、ヤマキ醸造(株)が生産する素晴らしい醤油の世界を再確認するために、醸造現場の見学行となった。


「ヤマキ醸造(株)」と「海の精(株)」の関係

 ヤマキ醸造(株)は「海の精」ブランドの純自然海塩を生産する「海の精(株)」から、「海の精」を使用してのブランド名「海の精 生しぼり醤油」の醸造を委託されている。昨今、自然海塩の名の下に販売されている塩は約1,000種に上るが、醤油の醸造過程で“純”自然海塩を使用している醤油はこの『海の精 生しぼり醤油』しかないのではないだろうか。なにしろ“純”自然海塩は高価で、キロ単価2,000円は塩の値段としては異常な高値であるからだ。ヤマキ醸造(株)の自社ブランド醤油は、「海の精 生しぼり醤油」と同様の原料、熟成期間、絞り、濾過、そして火入れをしない生しぼり醤油として生産されている。唯一の違いは原料である塩の「海の精」の使用の有無だけとなる。ヤマキ醸造(株)では「赤穂の天塩」を使用したものと、元専売公社の販売するメキシコ又はオーストラリア産の天然塩を使用したものとの2種類を製造販売している。(ちなみに醸造現場では、赤穂の塩はキロ単価150円、メキシコ産の並塩はキロ単価50円。)


ヤマキ醸造(株)販売の醤油

御用蔵 生醤油・・・国産特別栽培・赤穂の天塩 又は天日原塩 1リットル=914円
御用蔵 有機JAS生醤油・・・有機JAS認定栽培・赤穂の天塩 500ミリリットル=893円

海の精(株)販売の醤油
海の精 生しぼり醤油(赤キャップ)国産特別栽培・海の精又は天日原塩 1リットル=1,092円
海の精  生しぼり醤油(金キャップ)有機JAS認定栽培・海の精 500ミリリットル=735円


ヤマキ醸造(株)の醤油・・・本醸造 濃い口醤油

ヤマキ醸造の作る本醸造の醤油とは・・・国産丸大豆と小麦を蒸し煮し、麹菌を用いて作った麹塩水を混ぜてモロミを作り、醗酵熟成させる本醸造法によって造られる。

(1)杉樽の使用・・・樽は秋田杉で作られ、80年から100年もの長期間使用されてきたもので、板と板の間は竹の釘で継ぎ、竹でしっかりと編まれたタガで締められている。1本で1万リットル生産される樽が、モロミ部屋に70本設置されている。この樽でモロミが醗酵熟成されるのだが、モロミ部屋全体と杉樽の木と木の間には蔵独自の酵母菌が住み着き、その菌がその蔵特有のモロミの醗酵と熟成の旨さをもたらすことになる。
 最近の醤油の製造現場では、長年使用され、醗酵熟成には理想的とされる伝統的な杉樽はほとんど姿を消してしまい、衛生的で管理維持の便利なホウロウ製又はステンレス製のタンクとなってしまっている。大きな杉樽を作る桶職人は全国でも少ない人数となってしまい、職人存続の危機も言われている。タガの締め直しなどの補修をしながらの長年の使用なのだが、1樽の補修費が100万円単位となることもあると言う。

(2)国産特別栽培丸大豆

 国産の大豆とは・・・生産量の多いアメリカの品種、ビントンのものよりもたんぱく質の質量は高く、醤油にした時に旨みと甘み、香りが強くなる。

 特別栽培とは・・・農水省のガイドラインによる減農薬や農薬を使用しない栽培方法。(特別栽培の定義には減農薬も含まれるが、ヤマキ醸造では使用しない。)
 丸大豆とは・・・油を搾り取ったカスの脱脂加工大豆とは異なり、大豆本来の油を内蔵したままの旨みのある丸大豆のこと。
 *脱脂加工大豆使用の醤油とは・・・戦時下、大量の油の需要のために、大豆油が大量に生産され、そのために大量の搾りかすが発生した。この原価の安い脱脂加工大豆は、醤油生産においては油分を濾過する精製の手間が省かれ、歩留まりも良くなり、値段も安く出来るのだが、油分と共に旨みも搾り出されてしまっているために旨みとコクの足りない醤油となってしまう。そのために昔はアミノ酸液を加えて旨みを出した醗酵調味料を添加することによって旨みを出していた。戦後もずっと使用され続け、安価だが、旨みの足りない醤油の出現も見ることがある。
 今でも国内外で生産される大豆の80%から90%は大豆油を採ることに消費されている。醤油生産の結果発生した搾りかすの一部は牛などの家畜の餌になるのだが、大半は塩分が強いために脱塩加工をして土に戻される。

(3)JAS認定有機栽培
・・・新JAS法のもとに、農林水産省の第三者機関によりJAS認定された国産丸大豆、小麦を使用

(4)塩
・・・醤油の種類によって3種類の塩を使い分けている
  1)赤穂の天塩(オーストラリアの塩にニガリを添加したもの)
  2)メキシコの天然塩(ほとんど雨が降らず、長期の晴天による乾燥が強く、天然塩としては精製度が高く、ナトリウム分の値が非常に高い)
  3)「海の精」 純自然海塩使用

(5)水
・・・秩父山系城峰山の山頂(1,037m)付近から湧出する、古生層で濾過されたミネラルバランスが良い天然水を使用している。

(6)2年から3年のモロミの熟成からビン詰めまで
  ◎常温による天然醸造法・・・寒仕込みの後、二夏・二冬以上に渡ってモロミを熟成させて造られる。
このモロミの2年から3年かけての熟成の後→絞り(ナイロン製の布に包み、大豆の油分があまり絞り出ない程度の適度の重量の下で絞る)→生揚げ醤油(夾雑分と油が混じっている)となる→静置・沈殿・濾過を3回繰り返す(油と夾雑物の除去に時間がかかり、歩留まりも悪くなる。)→生醤油のまま(水分の添加等による味の調整、火入れ、醸造アルコールの添加等一切せず)絞る→ビン詰めする。
  ◎即醸法・・・市販されている一般の醤油は即製(即醸)法と言われ、加温により最短6ヶ月から1年の熟成により作られるものが多い。業界内の取り決めにより、実質的な熟成時間が表示されることになり、2年半の熟成の表示は2年とされることになった。

◎調味料としての醤油の魅力は、なんと言っても色・味・香りの素晴らしさにある。その味は主に大豆のたんぱく質から、香りは小麦のデンプンから、それぞれ微生物の働きによって生まれる。色はたんぱく質から得られたアミノ酸とでんぷんから得られたブドウ糖が組み合わされて生まれる。麹菌・乳酸菌・酵母などの微生物の働きを調節するのが食塩。全ての原材料が互いに作用しあい、じっくり時間をかけて醗酵・熟成し、醤油が誕生する。
◎モロミの醗酵熟成の間にチッソ分が発生する。チッソ分の値が高いほうが旨いのだが、チッソ分を人工的に添加することは出来ない。
◎6ヶ月から1年の熟成期間の短い醤油は、色が淡いためにカラメルで着色することもあったが、近年では薄い色が好まれるために必要がなくなった。そして抗菌作用を高めるために醸造アルコールを添加する。昔はアミノ酸液や培養した強い酵母菌を添加し旨みを出すことが業界の常識となっていたと言われる。
◎ 昔の醤油の塩分濃度は17%から18%であったが、最近は低塩志向のために濃度を下げるようになり、ヤマキ醸造の醤油も15%から15.5%となっている。
◎ 1樽1万リットル×70樽の醤油は、それぞれ塩分濃度と発生したチッソ量の測定はされるが、味の調整はされない。だから樽ごとによって多少の塩分と旨みの発生の差は出るものとする。
◎ 醤油は麹を増すと甘くなり、小麦の質によっても甘くなる。
◎ 小麦を多くし大豆を少なくすると白醤油となり、大豆を多くし小麦を少なくすると濃い口醤油となる。
◎ 保存方法の規定・・・常温保存と冷暗所保存は同等の表示となる。冷蔵保存は冷蔵庫内での保存で、流通過程でも適用される。
◎ 醤油は塩分があるので氷点が下がり、理論上は-20℃では凍らないと言われる。


「海の精」の純自然海塩使用の醤油と、
「赤穂の塩」、「メキシコの天然塩」使用の醤油との違い。

  ◎海の精(伊豆大島で作られたもので、ナトリウムが少なく、ミネラル分が多い)
  ◎赤穂の塩(オーストラリアの塩にニガリを添加したもの)
  ◎メキシコの天然塩(ほとんど雨が降らず、長期の晴天による乾燥が強く、天然塩としては精製度が高くなり、ナトリウム分の値が非常に高い)

◎海の精の塩はナトリウムが少なく、ミネラル分が多いために、モロミ熟成の際の添加使用量が他の塩よりも多くなる。モロミの熟成が不安定で変化しやすく、塩分調整と水気分の多寡調整が難しく、保全管理が特に重要となり、手間隙をかける必要がある。
味覚上の差異は?・・・旨みのあるコクと多少のまろやかさは感じられるが、大きな差異はないようだ。むしろ食の安全安心と、含有されるミネラル分による栄養分補給の面が重視される。

生揚げ醤油
 熟成されたモロミを絞っただけの、まだ静置・沈殿・濾過されていない段階のもので、大豆の油が滲み、精澄な色合いのものではないのだが、馥郁とした大豆の香りと旨みが強い。油の滲みと色合いの精澄さを気にさえしなければ、旨さとしては非常に面白い醤油となっている。
旨さと香りの良さを強調すれば、面白い醤油として流通するのではないだろうか?

では今回の醤油栓が飛んだと言う醗酵過度の原因はなんだったのか?
 ヤマキ醸造(株)の自社ブランドの醤油も、「海の精 生しぼり醤油」も共に、ビン詰めされた醤油ビンの蓋が醗酵のために飛んでしまう事例は毎年、多少発生してはいるのだが、昨夏は例年よりもさらに多く発生したという。
 ヤマキ醸造(株)の醤油が、他のメーカーの醤油と異なる旨さと香りを出すために仕掛けられた大きな特性として、特に次の4点が挙げられる。
(1)人工加温による温度調節をせず、常温による天然醸造でのモロミの醗酵熟成
(2)醸造アルコールの添加による香りの抽出と抗菌対策をしない。
(3)本来の上質な国産丸大豆の使用と、じっくりと2年以上もの時間をかけたモロミの醗酵熟成による、醤油の馥郁とした素晴らしい香りと旨みを逃さないために、火入れをしない生醤油として出荷する。
(4)以上の特性と共に、各杉樽によって多少の醗酵、味の違いが発生し得ると言う。今回の当店で発生した塩分濃度のずれと、ビン詰めされた醤油ビンの栓飛びは、その各樽の個性と熟成醗酵の差異なのかもしれない。
しかし、10年前頃までは栓が飛んでしまうような異常醗酵は無かったと言う。温暖化の影響が大きくあるのかもしれない。


ヤマキ醸造株式会社の姿勢
 ヤマキ醸造株式会社が神川町の自然の中で製造している醤油は、原料に国内産の有機栽培または特別栽培のものを使用し、大豆を仕込む際のお水に湧水「神泉水」を使用したり、秋田杉でできた木樽にてじっくり熟成するなど、昔ながらの製法を守りつづけています。日本を代表する伝統調味料の一つである「醤油」の素晴らしさを今後も製品造りを続ける中で、次代に継承していきたいと思っています。

「海の精 生しぼり醤油」
塩は海水100%、伊豆大島産の自然海塩「海の精」を使用。豊富なミネラルが醤油の醗酵や熟成を助け、まろやかな味わいです。国内で農薬も化学肥料も使用せずに栽培された丸大豆(非遺伝子組み換え)と小麦、秩父山系城峰山の山頂(1,037m)付近より湧出する天然水を使いました。天然醸造法にて杉樽で2~3年、じっくりと熟成させました。生しぼり(非加熱処理)ですから乳酸菌や酵母や酵素が生きています。“生”ならではの風味とコクのある旨みが特徴です。食品添加物は使用せず、塩水割りもしていない純醤油です。

海の精株式会社
東京都新宿区西新宿7-22-9



平成21年2月4日

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