このサイトは主に長山一夫の著書、仕入覚書を掲載するものです。
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内湾性の「ハマグリ」は復活しているのだろうか?
その(2)

1)「中里漁協の蓄養ハマグリ」
千葉県木更津市金田湾

木更津産“江戸前”の「ハマグリ」の登場
 平成20年2月の初め、桑名産ハマグリと並行するようにして入荷してきたのが千葉県木更津産の「ハマグリ」であった。木更津の中里漁協から「ハマグリ」が出荷されたというニュースの詳細は、築地市場内からではなく、不覚にも新聞紙上で知ることとなった。この木更津産の「ハマグリ」の入荷と共に、桑名産の入荷は残念ながら終了していった。この桑名産の突然の入荷と終了の原因はなんだったのだろうか。
「江戸前のハマグリ」というブランドを持つ木更津産に対して、漁獲量、サイズの選別の優劣、さらには価格的にも採算が合わなかったのだろうか。そのため桑名産と交替するようにして、中サイズながらも毎日途絶えることもなく継続的に入荷するようになった木更津産を、桑名産の替わりに使用することになった。木更津産のハマグリも柔らかく、甘みのある優れたものであるが、桑名産同様サイズが小さく、中サイズものであるため、握りに使用するには、やはり二枚付けにすることになった。

朝日新聞 2008年3月24日 復活江戸前ハマグリ
 東京湾で40年ほど前に姿を消したとされるハマグリの生産に、千葉県の漁業者たちが成功した。沿岸にある木更津、富津両市の干潟での試験生産を終え、今年から本格的な生産態勢に入る。「江戸前」のハマグリが、再び庶民の味になる日も遠くなさそうだ。(有山祐美子)
 木更津市の中里漁協は、漁港から船で20分ほどの距離にある干潟でハマグリ漁を行なっている。浅瀬に浮かぶ船内には、5cmほどのつぶがどっさり。多い日には計1tほどもとれるという。永峯善次郎組合長は「何十年ぶりのハマグリ漁。とにかく感激です」。かってハマグリはアサリやノリと並び、東京湾でとれる「江戸前」の代表格だった。それが、高度経済成長期の湾岸の埋め立てや水質悪化で激減。いまや千葉県のレッドデータブックでは「消息不明・絶滅動物」に指定されている。千葉県漁連によると、国内で現在流通しているハマグリのほとんどは、中国産の「シナハマグリ」。国内産は、1965年に1万t以上あった漁獲高が、06年には三重県産や熊本県産など計約1千tまで減っている。その国内産も約8割は、波の荒い外海の砂浜に生息する「チョウセンハマグリ」という。
 本来のハマグリは、内湾の静かな水域を好む別の種だ。とくに東京湾のようなプランクトンの多い水域で育つハマグリはチョウセンハマグリに比べて甘みが強く、身も柔らかいのが特長という。「江戸前ハマグリの復活」プロジェクトは、東京湾沿岸にある千葉県市川市から木更津市までの11漁協のうち、02年から中里漁協が始め、04年から残りの10漁協も参加。九州・有明海に残る「江戸前」同種のハマグリの卵を、養殖先進地の台湾で人工孵化。2cmほどの稚貝に育ててから東京湾に放流した。中里漁協では06年4月に12tを放流、07年2~12月に25tを収穫した。当初は出荷できる大きさ(4.5cm以上)まで成長するのに2年かかると見られていたが、1年程度で成長したという。そこで県漁連は今年、放流量を約10倍の120tまで増やし、市場への出荷態勢を本格化させることにした。県漁連によると、一般に流通しているハマグリの店頭価格は1kgあたり1,000~1,300円。これに対し、江戸前ハマグリは1kg3,000~5,000円となっており、百貨店などで販売されているという。

ハマグリの国内総漁獲量の推移
1965年…1万t以上
2006年…1000t(内8割はチョウセンハマグリ)
木更津中里漁協の「ハマグリ」放流と収穫量
2006年4月…12t放流
2007年2月~12月に25t収穫(2倍強の収穫となる)

千葉県木更津中里漁協専務談…「2cmから4.5cmまで成長させるのに、当初は2年の予定が、海の状態が良く、1年程度で成長してしまった。放流は海中に造られた竹柵の仕切りの中で行なわれ、1月に2回操業される。吸い物用としての殻幅21mmものと24mm×45mmものとを、全て千葉漁連を通して、蓄養場より出荷調整しながら一年中継続的に出荷している。青潮の発生による全滅の危険も予測されないわけではないが、赤潮の発生はハマグリ・アサリにとっては餌となる大量のプランクトンの発生となり、成長が早くなるわけで、漁師にとってはむしろ歓迎されることが多い。5月は大潮と干潮の差が激しく、干潮の放流海域は干上がり、畑状になっている。春先から初夏が旨さの旬となるが、5月頃に大量のヌルを吐き出すという。大雨で身肉が痩せることがあるが、冬場の産卵後もそれほど痩せない。卵は加熱すれば安全で夏場の抱卵期も旨い」
 冬場の産卵後もそれほど痩せないということは、一年中干潟の浅い海域で栽培されているためなのだろうか。

2008年…120t放流、2009年、240t以上の収穫予定。
 この放流事業が着実に成功していけば、「ハマグリ」の世界に一大変革をもたらすだけでなく、将来の東京湾内湾漁業の救世主にもなりかねないのではないだろうか。このハマグリの今後の2年生、3年生への成長も大いに期待される。

◎木更津のハマグリの足先の色の異変
 赤須賀、川口、木更津の三地域のハマグリを比較すると、赤須賀漁協、川口漁協産のハマグリは、足先も含めて全体が乳白色をしているのだが、木更津産の蓄養のハマグリは、全て足先の色が、なぜかチョウセンハマグリのように薄い赤色を帯びている。
なぜ足先が赤いのか?
 木更津中里漁協に問い合わせると「少しは赤いのが混じるが、ほとんどは乳白色をしているはずだ」との曖昧な返事だった。が、さらに指摘すると確認してみるとのことで、後、全ての貝が赤色を帯びていることを認めたのだった。何か不自然な回答であったので、ハマグリとチョウセンハマグリとの混成種化の可能性を聞くと、DNA検査の結果、木更津産のハマグリは間違いなく有明産のものと一致したとの回答であった。ハマグリの養蓄の先進国である台湾で、種苗を2cmの大きさまで成長させ、さらに盤洲の養蓄場に撒いて成長させる間に、混成あるいはストレスによる生態系の異変が生じるという可能性もあるのだろうか。
 平成21年に入ってからは、木更津産は大小含めて、全く入荷して来ない状況となっている。昨秋に発生した青潮による大被害と、アサリを捕食するアサリの天敵サキグロタマツメタが、カイヤドリウミグモ被害により絶滅に近いほどに激減した金田湾のアサリの替わりにハマグリを捕食しているのではないかという二重の原因によるものと思われる。カイヤドリウミグモもハマグリの潜在的な捕食者であるともいわれる。
 昨年放流した従来の10倍と言われる120tのハマグリは、来春、ハマグリ需要の最盛期にどの程度の出荷がなされるのだろうか。状況によっては「ハマグリ」の流通を変革させる可能性も十分にあるのだが。


2)国内最大の漁獲量を誇る緑川河口のハマグリ

熊本県川口漁業協同組合

 平成20年2月、突如として入荷し始めた三重県赤須加漁協出荷の“桑名”のハマグリを、晩夏から初秋の産卵後及び冬場の痩せている時期も含めて、翌年の2月までの1年間、ハマグリの生態系と旨さの移り変わりを知るために、継続して使用していった。
 赤須賀漁協が入札で手に入れたハマグリを1日砂抜きし、当店の注文に応じて宅急便にて直接送付してもらうことになった。サイズは60g前後が主で、握りのサイズとしては小さく、最適の100g前後のものはなかなか数が揃わなかった。さらには50g程のものも混じるという選別が少しルーズなことが続いた。さらに貝ケタ網漁のために、ハマグリの足肉の先が切れてしまう“舌切り”と言われる状態の貝が20%から30%ほども混入することが続いた。そしてどういうわけか全体的に貝が少し痩せているように見受けられたが、身肉の柔らかさと品のよい甘みとの「ハマグリ」特有の素晴らしい旨みを内包していた。

川口漁協の緑川河口のハマグリ
 時化その他で赤須賀漁協の漁のない時には、新たに入荷が始まった千葉県木更津市中里漁協の養蓄のハマグリと、国内最大の漁獲量があるといわれながらも、今まで極少量、小サイズのものしか入荷して来なかった熊本県川口漁協のハマグリも一部併用して仕入れ、比較していった。そして21年2月、漁協に連絡を取り、100gサイズの出荷の可能性を確認してから、この川口漁協の緑川河口産を主として使用して行くことになった。
 川口漁協のハマグリは、浅場の砂泥質の干潟で腰引きジョレン「ヨイショ」という漁具を用いた人力によるもので、舌切りが全く出ず、サイズも選別してもらうと比較的100g級が揃い、足の身肉もしっかりと太り、柔らかく、甘み旨みの強いものであった。

熊本県川口漁業協同組合…福島理事談
漁場と種苗放流の有無は?
「緑川河口を漁場とし、種苗放流は全くせず、地付きの在来種である純天然「ハマグリ」を獲っている。川口漁協から各消費地市場へ出荷するのではなく、熊本県漁連に全て委託出荷し、県漁連で入札が行われる。熊本県漁連出荷のハマグリの大半は川口産のものといえる。産地荷受け業者によって各地に出荷されるため、川口漁協では出荷先を正確には掴んではいない。一部は三重県四日市近辺の業者によって入札され、出荷調整されながら捌かれているという。殻の大きさは60gものが多い。」

なぜサイズの大きいものが揃わないのか?
「3.5 ~5cm(3年もの)は中サイズ。5cm以上を大サイズとし、3cm以下は漁獲規制されている。80~100gの大サイズで、握りずしに最適の大きさは全体の10%位しか獲れない。赤潮、青潮の影響は無いのだが台風と大雨による被害は多々生じている。3月頃から産卵前の夏場頃までが旨さの旬となる。柔らかく、甘みが強く、旨みがある。冬が一番痩せている。春先から産卵に備えての成長と共に足の身肉の部位は大きく太っていき、それに伴い殻は薄くなっていく。冬は痩せているため、殻が厚くなる。足先まで全て乳白色をしている」

木更津漁協の蓄養しているハマグリの種苗は有明海産だと発表されているが、有明海のどこの漁協のハマグリなのか?
「木更津漁協が蓄養している有明産の種苗は、熊本漁連のものだというが、川口漁協のものかもしれない。が、はっきりとは判らない」とのことであった。

◎緑川河口のハマグリの成長年度数
1年目…20~25mm 2年目…35mm 3年目…45mm 4年目…50mm 5年目…55mm
 しかし、川口漁協のハマグリも必ずしも順調には入荷せず、千葉県旭、茨城県鹿島、高知県清水土佐漁協出荷の外洋性ハマグリであるチョウセンハマグリも随時併用することになった。
 川口漁協でも赤須賀漁協同様に、ハマグリの旨さの旬は春先から夏場の産卵前までと捉えている。最初は漁協から陸送による直送であったが、5月頃から築地市場にも比較的順調に入荷するようになったので、夏場に備えて安全を考え、築地での仕入れに切り替えていった。7月上旬、卵がかなり大きくなってきた状態で、今期の旨さの旬の使用を中止にすることにした。
 川口のハマグリは陸送のために赤須賀よりも1日配送が遅れることと、やはりパンパンに成長した卵による食中毒の発生を心配したからであった。そしてこの時期に川口漁協から築地への出荷も止まったようだった。10月に入り、ハマグリの仕事再開を兼ねて入荷状況を調べると、旭、鹿島のチョウセンハマグリは入荷しているのだが、赤須賀、川口のハマグリは全く入荷していなかった。10月下旬、赤須賀から50~60g級の少量入荷が始まったが、川口産は全く入荷しない状態が続いている。川口漁協では何が起こっているのだろうか?
 今年の6月、NHKの熊本放送が、日曜日の朝6時30分からの番組で、地場産業普及のために川口漁協のハマグリを取り上げて放送した。熊本県ではハマグリを積極的に食す食文化が昔から少ないために、素晴らしい「ハマグリ」が全国の内湾の中でもトップの漁獲量であるのに、その旨さが必ずしも高く評価されていないのが現状なのだという。出来れば資源保護・規制の下で、生産量ももっと増やし、ブランド化して商品価値を上げ、産地での観光資源にもなるように漁獲高を上げて行きたいということであった。だから、もっと積極的に築地市場に出荷して来なくてはならないはずなのだ。
 再度漁協の福島参事に電話をすると 
「このところハマグリは1日300kg程しか獲れていないのと、熊本漁連に全部出荷してしまうために、入札した業者達によって、今どこの市場に出荷されているのかよく判らない」と言う。
 川口漁協では近年、小魚類の漁獲も極端に減ってしまっている。年間5億円の漁獲高のほとんどは貝類によるもので、それもアサリとハマグリでは4対1位の差があったのだが、近年、台風の到来があまりも少なく、それが干潟の生態系を狂わせている。イガイの増殖、アカエイとツベタ貝の天敵の食害も重なり、アサリも獲れなくなっている」と言う。

◎ハマグリの漁獲量は減少しているのか復活しているのか?
 ハマグリ、チョウセンハマグリの産地では漁獲量の増加は見られない。各地のハマグリは最盛期に比べて激減している状況で。絶滅してしまった地域も多々発生している。
 新しい産地から築地への入荷量の増加は、江戸前すしのハマグリに対する高い需要に応じて、築地市場では高値で流通するからである。その経済的理由によって各地からの出荷数量が多くなってきているにすぎない。一方、各地では以前から厳格で強制的な資源管理による資源の回復の重要性が叫ばれ、徐々に成功している漁協も出てきている。
◎ハマグリは絶滅危惧種…逸見泰久
 貝塚資料によると、日本人は約8,000年前からハマグリ類(ハマグリとチョウセンハマグリ)を食べていた。北海道から沖縄に到る全国の貝塚から出土し、縄文時代ではハマグリが最も多く、出現頻度は80%近くにもなる。しかし1980年ころより激減してゆき、近年では各地で絶滅危惧種に指定されてしまっている。
◎その原因として有明海では・・・
1)干潟の減少 2)干潟や潮下帯の泥化 3)合成洗剤や農薬といった有害物質の流入
4)貧酸素水塊の発生 5)降雨による塩分低下、高温と低温、底質の還元化と硫化物の生成
6)乱獲
などが研究者達によって原因として上げられている。
◎ハマグリの資源管理による復活の方途
1)採捕サイズの規制の徹底 2)採捕量の規制 3)採貝期間の限定 4)アサリとの相互採捕期間の調整
5)違法操業に対する取り締まりの強化 6)地域ブランド化による高値販売
これらのハマグリの復活のための資源管理は、漁協及び漁業者の積極的な行動と覚悟が伴わないと成果を上げることは出来ないのだが、まだまだ規制が緩く、不徹底な漁協が多い

では、産地別に比較してハマグリとチョウセンハマグリとは何がどう違うのだろうか?
◎各地のハマグリとチョウセンハマグリとの比較
貝殻、足の身肉の色、肥痩、硬柔、旨み

平成21年11月2日

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